相続税が払えない場合の対処法 — 延納・物納制度を徹底解説
目次
この記事のまとめ
- —延納は最長20年の分割払いで利子税がかかる
- —物納は延納でも払えない場合の最終手段
- —申請期限は相続税の申告期限と同じ10か月以内
相続税が払えないケースは珍しくない
相続税の原則は現金一括納付です(相続税法第33条)。しかし、遺産の大部分が不動産や自社株式など現金化しにくい財産で占められている場合、手元の現金だけでは納税額を賄えないことがあります。
「土地を相続したが、銀行口座にはほとんど現金がない」——こういったケースは実際に多く、税務署もそれを想定した制度を設けています。それが延納と物納です。
この2つの制度を使えば、一括払いができない場合でも相続税を合法的に支払うことができます。ただし、いずれも要件が厳格であり、申請期限も申告期限と同じ死亡から10か月以内と定められています。制度の内容を正しく理解し、早めに動き始めることが重要です。
延納制度とは(相続税法第38条)
延納とは、相続税を一定期間にわたって分割して支払う制度です。いわば「相続税の分割払い」です。
延納が認められると、最長20年間にわたって毎年均等に納税することができます。ただし、延納中は利子税(年利)がかかります。
延納の要件
相続税法第38条第1項に基づき、延納が認められるためには以下のすべての要件を満たす必要があります。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 納付金額 | 相続税額が 10万円を超える こと |
| 現金払いの困難 | 金銭で一括納付することが困難な事由があること |
| 担保の提供 | 延納税額が 100万円を超える場合、または延納期間が 3年を超える場合 は担保が必要 |
| 期限内申請 | 相続税の申告期限(死亡から10か月以内)までに延納申請書を提出すること |
不動産等の割合が75%以上であれば、不動産に係る税額について最長20年の分割払いが可能です。
「現金払いの困難」とは、手持ちの現預金・換価容易な財産だけでは納税できない状態を指します。延納申請書には「金銭納付を困難とする理由書」を添付し、手元資金の状況を明示しなければなりません。
延納期間と利子税率
延納期間は、相続した財産のうち不動産等の占める割合(不動産等割合)によって異なります。
| 不動産等割合 | 対象財産 | 最長延納期間 | 利子税率(令和6年現在の特例割合目安) |
|---|---|---|---|
| 75%以上 | 不動産等に係る税額 | 20年 | 年0.4%前後 |
| 75%以上 | 不動産等以外の税額 | 10年 | 年1.2%前後 |
| 50%以上75%未満 | 不動産等に係る税額 | 15年 | 年0.4%前後 |
| 50%以上75%未満 | 不動産等以外の税額 | 10年 | 年1.2%前後 |
| 50%未満 | すべての税額 | 5年 | 年1.2%前後 |
延納中は利子税(年0.4〜1.2%程度)がかかります。分割払いの総額は一括納付より大きくなる点に注意してください。
利子税率は本来の法定税率(年3.6〜6.0%)に特例基準割合を乗じた特例割合で計算されます。特例割合は年度ごとに見直され、近年は低金利を背景に低く抑えられています。国税庁が毎年公表する告示を確認してください。
不動産等の範囲(延納における):
- 土地・建物・構築物
- 山林
- 立木
- 非上場株式等
- その他省令で定める財産
延納の担保として認められる財産
延納税額が100万円を超える場合または延納期間が3年を超える場合は、延納税額および利子税の額に見合う担保を提供しなければなりません(相続税法第38条第4項)。
担保として認められる財産の種類:
- 国債・地方債
- 社債その他の有価証券(税務署長が確実と認めるもの)
- 土地
- 建物・立木・その他の物件(保険に付したもの)
- 鉄道財団・工場財団などの財団
- 船舶・航空機
- 税務署長が確実と認める保証人の保証
担保として提供できる財産が遺産に含まれているかどうかも、延納申請前に確認が必要です。
- 相続税額が10万円を超えていることを確認
- 金銭で一括納付が困難な事由があることを整理
- 延納税額が100万円超または延納期間3年超の場合、担保を準備
- 申告期限(死亡から10か月以内)までに延納申請書を提出
物納制度とは(相続税法第41条)
物納とは、現金の代わりに相続した財産そのものを国に納める制度です。
重要なのは、物納は「延納によっても金銭で納付することが困難な場合」に限って認められるという点です(相続税法第41条第1項)。つまり、まず延納の可能性を検討し、それでも払えない場合の最終手段として位置づけられています。
物納の要件
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 延納困難 | 延納によっても金銭で納付することが困難な事由があること |
| 納付財産 | 相続等で取得した財産のうち、物納に充てることができるものであること |
| 期限内申請 | 相続税の申告期限(死亡から10か月以内)までに物納申請書を提出すること |
| 財産の状態 | 管理処分不適格財産でないこと |
物納できる財産の種類と優先順位
物納に充てられる財産は法律で種類と優先順位が定められています(相続税法第41条第1項)。
第1順位
| 種類 | 備考 |
|---|---|
| 不動産(土地・建物) | 日本国内にあるもの |
| 船舶 | — |
| 国債・地方債 | — |
| 上場株式等(証券取引所に上場されているもの) | — |
| 社債・株式・証券投資信託の受益証券等 | — |
第2順位
| 種類 | 備考 |
|---|---|
| 非上場株式等 | 第1順位の財産で納付できない場合 |
第3順位
| 種類 | 備考 |
|---|---|
| 動産 | 第1・第2順位の財産で納付できない場合 |
原則として、第1順位の財産から順に物納に充てることになります。第2順位以下の財産を物納に充てるためには、上位順位の財産では物納できない理由が必要です。
物納できない財産(管理処分不適格財産)
以下に該当する財産は、たとえ不動産であっても物納に充てることができません(相続税法施行令第18条)。
- 担保権が設定されている不動産
- 権利の帰属について争いがある財産
- 境界が不明確な土地
- 建築基準法上の道路に接していない土地(無道路地)
- 共有持分(他の共有者全員の同意がある場合を除く)
- 賃借権等が設定されている動産
- 違法建築物
- 引渡しに際して費用がかかる財産(廃棄物が埋まっている土地など)
- その他、管理・処分に支障がある財産
物納財産の収納価額
物納された財産は、相続税評価額(路線価等による評価額)で収納されます。市場での売却価格とは異なる場合があるため、物納を選択する前に売却との比較検討が必要です。
売却して現金納付する場合と物納する場合では、手取り額(残る財産)が変わってくることがあります。特に不動産の場合、相続税評価額が時価より低い物件では、売却して現金で納付する方が有利なケースもあります。
延納から物納への切替え
延納中に支払いが困難になった場合、残りの延納税額を物納に切り替えることができます(相続税法第48条の2)。
切替えの条件:
- 延納条件の変更を受けてもなお金銭で納付することが困難であること
- 物納に充てることができる財産があること
- 申請書の提出期限(原則として申告期限から10年以内)が経過していないこと
ただし、延納から物納に切り替えた場合、物納財産の収納価額は切替申請時点の相続税評価額ではなく、当初の相続税評価額(相続開始時の評価額)が適用されます。切替え後に不動産の価格が大幅に下落していても、当初評価額で収納されるため、この点は注意が必要です。
申請期限と手続きの流れ
延納・物納の申請期限は、相続税の申告期限と同じ日です。
申告期限 = 相続の開始を知った日の翌日から10か月以内
申告期限は、通常は被相続人の死亡日の翌日を起算日として10か月後の応当日です。この日を過ぎると延納・物納の申請が原則としてできなくなります。
延納申請の手続き
- 延納申請書の作成 — 税務署の書式に従って作成
- 金銭納付を困難とする理由書の作成 — 手元資金の詳細を記載
- 担保提供書等の準備 — 担保となる財産に関する書類
- 申告書と同時提出 — 申告期限(死亡から10か月以内)までに税務署へ提出
- 税務署による審査 — 提出後、税務署が要件を審査(3か月以内に許可・却下)
- 延納許可 — 許可後、定められたスケジュールに従って毎年納付
物納申請の手続き
- 物納申請書の作成 — 延納によっても納付困難である事情を記載
- 物納財産の確認 — 管理処分不適格財産でないか確認
- 添付書類の準備
- 不動産の場合: 登記事項証明書、固定資産税評価証明書、測量図、境界確認書など
- 有価証券の場合: 有価証券の現物または預かり証明書など
- 申告書と同時提出 — 申告期限までに税務署へ提出
- 税務署による審査 — 提出後、税務署が財産の状態等を審査(3か月以内。複雑な場合は6か月以内)
- 物納許可と収納 — 許可後、財産を国に引き渡し
延納・物納を選択する際の判断ポイント
| 観点 | 延納 | 物納 |
|---|---|---|
| 利子税 | かかる(年0.4〜1.2%程度) | かからない |
| 財産の保持 | 財産を手元に残せる | 財産を手放す |
| 手続きの複雑さ | 担保提供が必要 | 財産の調査・書類準備が大変 |
| 収納額の基準 | — | 相続税評価額(時価と異なる場合あり) |
| 売却の余地 | 延納中に財産を売却して完済も可 | 物納後の取り消しは原則不可 |
| 使える条件 | 延納要件を満たせば可 | 延納でも払えない場合のみ |
一般的な判断の流れ:
- まず手元の現預金で払えるか確認
- 払えない場合 → 延納を検討(利子税はかかるが財産は残る)
- 延納でも対応できない場合 → 物納を検討(財産は手放すが利子税なし)
- 相続した不動産の売却も選択肢に(売却益から税を払う)
不動産を売却して現金で納税する場合、売却収入から相続税を支払い、残りが手元に残ります。売却にかかる譲渡所得税(相続から3年10か月以内の売却であれば相続税額の一部を取得費加算できる特例あり)との兼ね合いも含めて検討してください。
税理士への相談の必要性
延納・物納の申請は、税務署との交渉や詳細な資料の準備が必要なため、税理士への相談を強くお勧めします。
特に以下のようなケースでは、専門家のサポートが不可欠です。
- 相続財産の大部分が不動産や非上場株式
- 物納予定の不動産に権利関係の問題がある
- 延納と物納の組み合わせを検討している
- 相続税評価額の算定に不安がある
相続税申告を依頼している税理士がいれば、延納・物納の申請もあわせて相談するのが効率的です。税理士費用は相続財産の規模によって異なりますが、延納・物納の申請だけで数十万円の費用がかかることがあります。
よくある質問
Q1. 延納の申請が却下された場合はどうなりますか?
税務署から延納申請の却下通知を受けた場合、速やかに現金で一括納付しなければなりません。却下後も納付しないと、延滞税(年2.4〜8.7%、時期により異なる)が加算されます。却下の理由によっては不服申立て(再調査の請求・審査請求)も可能ですが、期限が迫っていることが多いため、速やかに税務署または税理士に相談してください。
Q2. 相続税の申告と延納・物納の申請は同時にする必要がありますか?
申請期限は同じ(申告期限 = 死亡から10か月以内)ですが、申告書と延納・物納申請書は別の書類です。同じ日にまとめて提出することが一般的です。なお、申告書を提出しても申請書を出し忘れた場合、後から申請することは原則できません。準備が整い次第、早めに税務署に相談することをお勧めします。
Q3. 延納中に繰上げ完済することはできますか?
はい、延納許可を受けた後でも、いつでも残額を一括で繰上げ納付できます。この場合、繰上げ納付日以降の利子税は発生しません。相続した不動産を売却して現金が入った場合など、まとまった資金ができたときに繰上げ完済するケースもあります。
Q4. 物納した後で「やっぱり取り消したい」ということはできますか?
物納が許可されて財産が収納(引渡し完了)された後は、原則として取り消しができません。物納申請中に申請を取り下げることは可能ですが、収納後は現金による代替納付への変更が認められないため、物納の申請・許可前に十分に検討することが重要です。
Q5. 相続税の延納・物納に期限の延長はありますか?
申請期限(申告期限)そのものの延長は、申告期限の延長申請が認められた場合に限ります。新型コロナウイルス感染症の影響時には特例措置が設けられたこともありましたが、通常は認められません。やむを得ない事情がある場合は、早めに所轄税務署に相談してください。
まとめ
相続税を一括で払えない場合の制度は延納と物納の2つです。
- 延納: 最長20年の分割払い(相続税法第38条)。申告期限内に申請書と担保関係書類を提出する。利子税がかかるが財産は手放さなくて済む
- 物納: 財産そのもので納付(相続税法第41条)。延納でも払えない場合の最終手段。利子税はかからないが財産を手放す。物納できる財産の種類と優先順位が法律で定められている
- 申請期限: どちらも相続税の申告期限と同じ。死亡から10か月以内
一括払いが難しいと感じた時点で、早めに税理士へ相談することが大切です。要件や書類の準備に時間がかかるため、期限ギリギリの相談では間に合わないことがあります。
相続税の申告全般については「相続税の申告 — 基礎控除の計算・申告期限・必要書類」を、不動産を相続した場合の手続きは「相続登記(不動産の名義変更)の手続きと必要書類」を、死亡後のお金に関する手続き全般は「死亡後のお金の手続きまとめ」をあわせてご覧ください。
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